1992年に登場した試作車です。日本初の10.5m級中型ロング車として、通常のU-JM210を延長した試作車として登場しました。あくまで試作の改造車扱いのため、型式はU-JM210改となります。
この車種が登場した背景には、西工の親会社にあたる西鉄側において、北九州市を走る路面電車の北九州線砂津~黒崎駅前間の廃止に伴う代替バスの導入において、大量の車両を用意する必要があった上、乗り降りのしやすく大型車並みの輸送力を持ったバスを廉価で導入出来ることから、地方バス会社などでも安く導入出来て販路が見込めたことなどがあります。
日産ディーゼル、西鉄、西工の3社の共同開発となり、ベースとなったU-JM210のシャーシを前後2つに切り離し、中間に延長部を挟み込んで再接合することにより全長を10.5mに拡大させたシャシーとなっています。導入は西鉄でのみ行われましたが、京王バスがこの改造車に目をつけて西鉄から借用して都内を走行させたことがあり、これが後に中型ロング車の大量導入に繋がったと言われています。
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この車種が登場した背景には、西工の親会社にあたる西鉄側において、北九州市を走る路面電車の北九州線砂津~黒崎駅前間の廃止に伴う代替バスの導入において、大量の車両を用意する必要があった上、乗り降りのしやすく大型車並みの輸送力を持ったバスを廉価で導入出来ることから、地方バス会社などでも安く導入出来て販路が見込めたことなどがあります。
日産ディーゼル、西鉄、西工の3社の共同開発となり、ベースとなったU-JM210のシャーシを前後2つに切り離し、中間に延長部を挟み込んで再接合することにより全長を10.5mに拡大させたシャシーとなっています。導入は西鉄でのみ行われましたが、京王バスがこの改造車に目をつけて西鉄から借用して都内を走行させたことがあり、これが後に中型ロング車の大量導入に繋がったと言われています。
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